トラウマへの心理療法「EMDR」とは?効果・流れについて、気になる疑問に専門家がお答えします

はじめに

「また、あの時のことだ…」

夜中に突然、子供の頃の記憶が蘇り、胸が苦しくなる。

仕事で少し注意されただけで、「やっぱり私が悪いんだ」と、自分を責めてしまう。

長年、そんな「生きづらさ」の正体が分からず、一人で抱え込んできたのではないでしょうか?その苦しみの根っこには、あなた自身も気づいていない「心の傷(トラウマ)」が隠れているのかもしれません。

この記事では、その凍りついた記憶を優しく溶かし、脳が本来持つ力で消化するのを手伝う、**EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)**という専門的なトラウマ治療法について、解説していきます。

「怖い治療なのでは?」「私の悩みでも受けていいの?」そんな不安や疑問にも、専門家が一つひとつ丁寧にお答えします。この記事を読み終える頃には、あなたの「生きづらさ」の根源が少しずつ見えるようになり、そこから抜け出すための具体的な希望の光が見えてくるかもしれません。

 

EMDRとは?-「辛い記憶を消す」のではなく「脳が消化するのを手伝う」心理療法

「私が悪い」わけじゃない。トラウマ記憶が"凍りついてしまう"脳の仕組み

なぜ昔の嫌な記憶が、何の前触れもなく生々しく蘇ってくるのでしょうか。それは、決してあなたの心が弱いからではありません。

私たちの脳には本来、日々の出来事を整理し、記憶として適切にファイリングする素晴らしい力が備わっています。しかし、あまりにも辛すぎる体験をすると、その情報処理システムがパンクしてしまい、記憶が処理されないまま「凍りついた」状態で心の中に残ってしまうことがあるのです。

この凍りついた記憶は、当時の恐怖、悲しみ、無力感、体の感覚などを伴ったままパッケージされているため、何かのきっかけで開かれるたびに、まるで今起きているかのようにあなたを苦しめます。

EMDRは、この脳の情報処理プロセスを安全に再開させ、凍りついた記憶を“消化”するのを手伝うアプローチです。

 

なぜ眼球運動で?EMDRの科学的な根拠と世界的な評価

「でも、なぜ目を動かすだけで効果があるの?」と不思議に思うかたもいらっしゃると思います。

EMDRの背景には、「適応的情報処理モデル」という理論が存在します。これは、眼球運動などの左右交互の刺激を受けることで、脳の中でつながりを失っていた記憶の断片がバランスよく繋がるようになり、情報処理が促進されるという考え方です。

これは、私たちが眠っている間の「レム睡眠」時に、脳が記憶を整理しているプロセスと似ていると言われています。

EMDRはEye Movementというくらいなので眼を動かすだけの方法と思われがちですが、大切なのは、左右交互の刺激(両側性刺激)を与え、脳の情報処理を促進するということです。例えば、左右交互で小さな音を聞いていただくという方法や、手の甲を左右交互に軽くトントンするという方法もあります。それぞれの方法にも、処理の促進が生じるといわれています。

EMDRの有効性は多くの臨床研究で証明されています。例えば、

  • WHO(世界保健機関)
  • 米国精神医学会
  • 英国保健省

など、数多くの国際的な機関が、PTSD(心的外傷後ストレス障害)への効果的な治療法として公式に推奨しています。

 

「私のような悩みでも…?」EMDRが適応可能な心の傷

災害や事故だけじゃない。「アダルトチルドレン」の生きづらさにも有効な理由

EMDRは、災害や事故といった一度の大きな出来事(単回性トラウマ)の心理療法でも有名ですが、その適用範囲はもっと広いものです。

例えば、EMDRは**幼少期の親子関係からくる、根深く、繰り返し心を傷つけてきた体験(複雑性トラウマ・発達性トラウマ)**にも力を発揮します。

「親の顔色ばかり伺っていた」

「良い子でいないと愛されないと感じていた」

「家の中に安心できる場所がなかった」

このような経験は、大人になってからの「生きづらさ」、つまりアダルトチルドレンの悩みの根源となります(アダルトチルドレンの詳細は、「もしかして、私…」アダルトチルドレンと感じたら。原因から克服までの全ステップまで専門家が解説、というページをご参照ください)。EMDRは、その核となる傷に直接働きかけ、消化を促すことができる、非常に力強いアプローチなのです。

こんな悩みを抱えていませんか?EMDRが効果的なケース

もしあなたが、以下のような悩みを抱えているなら、EMDRはあなたの力になれるかもしれません。チェックしてみてください。

  • 理由もなく「私が悪いんだ」と自分を責めてしまう
  • 他人の顔色を伺いすぎて、いつも心が疲れている
  • 人との適切な距離感がわからず、関係が長続きしない
  • 特定の言葉や状況で、子供の頃の嫌な記憶が蘇る(フラッシュバック)
  • 頑張っても頑張っても、自分に価値があると思えない

 

EMDRは怖い?心理療法が辛くなるって本当?専門家が答える安全な進め方

新しい心理療法、特に自分の心の深い部分に触れる心理療法に対して、「怖い」と感じるのはとても自然なことです。ここでは、EMDRの基本的な重要事項や大まかな進行のプロセス、よくうかがう不安の一つ一つにお答えします。

 

【最重要】トラウマを話す前に。まず「心の安全基地」を作る準備段階

EMDRでは、いきなり辛い記憶に触れることは絶対にありません。

治療の最初の段階で最も大切にするのは、クライアントであるあなたの心に**「心の安全基地(セーフプレイス)」**を確立することです。これは、カウンセラーと一緒に、あなたが心から安心できる場所を心の中に作ることで、つらい記憶に触れる際の負担を少しでも軽減するためのとても大切な準備期間です。

このいわば「お守り」があるからこそ、万が一セラピー中に気持ちが揺れ動くなどの負担が生じても、心の安全な場所がどこかにあることでその負担を和らげてくれます。

 

心理療法中に感情が溢れたら?専門家による徹底したリスク管理

治療の過程で凍りついていた感情が溶け出し、一時的に涙が出たり、身体が反応したりすることがあります。これは「除反応」と呼ばれ、回復が順調に進んでいる証でもあります。(ただし、そうした反応がないと効果がないというわけではありません。)

カウンセラーは常にあなたの状態を注意深く見守っています。もし辛すぎると感じたらいつでも中断できますし、セッションの最後には必ず心を落ち着ける手続きを行い、あなたが安定した状態で日常に戻れるようにサポートします。専門性に基づいたリスクマネジメントの中で行われるEMDRは、安全性の高い心理療法なのです。

 

トラウマ体験を、無理に詳しく話す必要はありません

「あの時のことを、全部話さないといけないの…?」

これも、多くの方が抱く不安の一つです。

EMDRの大きな特徴は、他の心理療法と違い、トラウマ体験を詳細に語り続ける必要があまりない点です。処理の中心は、トラウマ体験の詳細を語ることではなく、心や身体に出てくることにそっと気持ちを傾けながら左右の刺激を加えて脳は処理を進めることにあります。

話すこと自体が辛い方にとって、これは1つの安心材料になるかもしれません。

【事例】「話さなくても、楽になれるなんて」Aさん(30代・女性)の場合

Aさんは、子供の頃の辛い体験を誰にも話せず、長年一人で抱え込んできました。「カウンセリングは受けたい。でも、あの時のことを言葉にするのが怖い」という気持ちから、なかなか一歩を踏み出せずにいました。

当オフィスでEMDRについてご説明し、「無理に詳細に話さなくていい」とお伝えしたところ、Aさんは涙を浮かべながら「それなら、私にもできるかもしれない」と、治療を決意されました。準備段階で「心の安全基地」を丁寧に作った上でセッションを進め、Aさんは詳細に出来事を話さずとも、長年の悪夢とフラッシュバックが改善されました。

 

【図解】EMDR治療の全プロセス - 安心への8つのステップ

EMDRは、以下のようによく構造化された8つの段階に沿って、安全に進められます。

  1. フェーズ1:治療計画(あなたを知り、ゴールを共有する時間)
  2. フェーズ2:準備(心の安全基地をつくる大切な時間)
  3. フェーズ3:アセスメント(扱う記憶の特定)
  4. フェーズ4:脱感作(脳の再処理プロセス)
  5. フェーズ5:インストレーション(自身への肯定的な見方の定着)
  6. フェーズ6:ボディスキャン(身体に残った感覚の解放)
  7. フェーズ7:クロージャー(安全な終了)
  8. フェーズ8:再評価(変化の確認と次へのステップ)

 

読者の「気になる」に答えます!EMDR Q&A

Q1. 保険は適用されますか?料金は総額でいくらくらい?

現在、残念ながらEMDRは公的医療保険の適用外で、自費診療となります。

料金はカウンセリングオフィスによって異なります。総額や必要な回数は、扱う問題の複雑さによって一人ひとり異なりますので、初回相談の際にカウンセラーとじっくりご相談ください。

▶︎ 秋葉原心理オフィスMAYの詳しい料金についてはこちら

https://kokoronocure.com/price/

Q2. 何回くらい通えば効果を実感できますか?

お悩みの内容によって大きく異なります。事故などの一度の体験によるトラウマであれば数回で大きな変化が見られることもありますが、アダルトチルドレンのように長年にわたる複雑なトラウマの場合、土台作りに時間をかけながら、より多くのセッションが必要になるのが一般的です。

大切なのは、回数にこだわることよりも、「一歩ずつ着実に前に進んでいる」というご自身の感覚です。また、完璧によくするということより、「ここまで来られたら自分でも対処できそう」という感覚を持てるようになることが大切です。焦らず、あなたのペースで進めていきましょう。

 

Q3. 記憶がなくなるの?「良くなる」って具体的にどんな感覚?

「記憶が完全に消去される」わけではありません。

例えば、**「辛い出来事の記憶が、色あせた古い写真のように感じられるようになった」**という感覚のように、思い出しはしても、以前のような胸の苦しさや体の反応が伴わなくなることを目指していくことはできます。

そして、それに伴ってご自身に対する認識も変わっていきます。例えば、「私が悪いんだ」という声が、「私はあの困難を生き抜いた、価値ある存在だ」という、穏やかで力強い感覚に変わっていきます。いわば、長年あなたを縛り付けていた、目に見えない鎖が外れるような感覚、と言えるかもしれません。

 

Q4. 結局、親を責めることになりませんか?それは「甘え」では?

EMDRの目的は、誰かを「責める」ことではありません。

目的は、過去の出来事が「現在のあなた」に与えている影響を正しく理解し、その苦しみからあなた自身を解放することです。過去の影響を緩和し、心のバランスを取り戻そうとすることは、決して「甘え」ではありません。自分自身の人生の主導権を取り戻すための、勇気ある、そして賢明な一歩です。

 

Q5. 信頼できるカウンセラーの見つけ方は?

EMDRは専門的なトレーニングを必要とする治療法です。カウンセラーを探す際は、**「日本EMDR学会」**の公式サイトに掲載されている、正式なトレーニングを修了したセラピストのリストを参考にすることをお勧めします。

また、資格だけでなく、あなた自身が「この人になら話せるかもしれない」と感じられるか、カウンセラーとの相性も非常に大切です。多くのカウンセリングオフィスでは初回相談(インテーク面接)を設けていますので、その際に相性の感覚も確かめてみてください。

 

この記事の監修者

秋葉原心理オフィスMAY

猪野 哲(いの さとし)

(臨床心理士・公認心理師)

長年、アダルトチルドレンやトラウマ、親子関係の悩みを抱える方々に寄り添い、数多くの臨床経験を持つ。クライアント一人ひとりの心のペースを何よりも大切にし、温かく、安全な空間の中で、自己肯定感を育むサポートを行っている。

 

根本解決のために

EMDRで心の傷を癒すことは、あなたの「生きづらさ」を根本から解決するための、確かな一歩となりえます。

そして、あなたが長年抱えてきたその感覚の背景の一つに、例えば「アダルトチルドレン」という、より大きなテーマが隠れているかもしれません。なぜ自分はこんなにも自己肯定感が低く、人間関係でつまずいてしまうのか…。その構造を理解することも、自分自身を深く受け入れ、過去に無用にとらわれない未来を築くための羅針盤となりえます。

▼ より深く自分を理解したいあなたへ

「もしかして、私…」アダルトチルドレンだと感じたら。原因から克服の全ステップまで専門家が寄り添い解説

 

まとめ:もう、一人で自分を責めなくていい

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

EMDRについて、その効果や流れ、そして皆さんが抱える不安について、少しでも理解が深まっていれば幸いです。

長年、「私が悪いんだ」と自分を責め続けてきたかもしれません。しかし、その苦しみは、あなたのせいではありません。それは、過去の体験が作った「心の傷」のサインの一つです。

そして、その傷は、専門家との協働によって、過去のものにしていくことができます。

過去を色あせた写真のように冷静に眺められるようになった時、他人の評価に一喜一憂せず、自分の感覚を信じて、心から「ここにいてもいいんだ」という安心感を得られるはずです。

もし、ほんの少しでも「自分の人生を取り戻したい」と感じたら、専門家とのカウンセリングを選択肢の一つに入れていただけましたら幸いです。もし多くの選択肢の中から秋葉原心理オフィスMAYをご選択いただけましたら、その勇気ある一歩を全力でサポートいたします。

 

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