恐怖感情は自分や大切な人の安全を守るための大切な感情ですが、過剰になると日常生活に支障が出てしまいます。
恐怖感情が過剰な場合、限局性恐怖症という精神疾患である可能性も考えられます。
限局性恐怖症に関して、第一部では限局性恐怖症のタイプを、第二部ではタイプの違いに限らず共通する特徴を解説いたしました。
今回第三部では、限局性恐怖症の心理学的な要因について、代表的な心理療法・カウンセリングの理論に基づいて解説したいと思います。
1.心理療法を本格的に開始する前に
心理療法は必ずしも即効性があるとは限りません。
また、どのような心理療法の技法を用いたとしても、恐怖対象について心で触れる過程があります。
そのため、本格的に心理療法を開始する前に以下の準備が必要になります。
1-1.恐怖症状の重さ、他の精神疾患の把握
恐怖症状の重さによっては、薬物療法を優先した方が良い場合もあります。
例えば、恐怖対象に対して身体反応が著しく強く卒倒してしまうレベルの場合などです。
また、他の精神疾患が併発していないかを確認することも大切になります。
例えば、出現している症状と同時に幻聴が出ている場合や、恐怖感と同時にうつ症状が強く出てしまい、基本的な生活動作(食事、衣服の着脱、入浴など)が一人でできない場合もあります。
1-2.心の準備や安全感を確立すること
程度の差はありますが、心理療法によっては恐怖対象について心の中で触れることもあります。
実際開始したら思いのほか恐怖感が強く感じられて、途中で治療を断念せざるを得ないことも生じてしまいます。
そのため、あらかじめ起こりうることを共有し、また安全感を確立するための方法を事前に実施した上で開始していくことが大切です。
2.限局性恐怖症の要因と代表的な心理療法
恐怖症状が卒倒するほどのレベルではなく、また他の精神疾患もないことが確認され、心の準備や安全感が確立されたら、いよいよ本格的な心理療法を開始していきます。
2-1.眼球運動による脱感作と再処理療法(EMDR)
EMDRでは、過去のトラウマ、または未消化な記憶が限局性恐怖症の要因として捉えます。
強い恐怖を伴う明確なトラウマ体験があると、トラウマ体験に関する対象に対して恐怖感を持ちやすくなくなるのは自然です。
そのため、きっかけとなったトラウマ体験をケアすることで恐怖症が改善されやすくなります。
では、そうしたトラウマについて思い当たる節が自覚できない場合はどうでしょうか。
トラウマというと、強い恐怖感を伴う体験と認識されがちであるため、自分にはトラウマがないと思われている方も多くいらっしゃいます。
ですが、強い恐怖感を伴う体験だけが恐怖症の要因になるとは限りません。
自分ではトラウマと思っていなくても、幼少時に体験したちょっとしたストレス体験や葛藤が未消化な記憶として残り、影響を及ぼすこともあります。
そうした未消化な記憶は一見、恐怖症とは無関係に思えてしまうことが多いです。
ですが、一見無関係そうに思える幼少時の未消化な記憶に対してEMDRを実施すると、恐怖感が消失する例も多くあります。
なお、幼少時の記憶は、話しながら思い出せる場合もあれば、思い出せない場合もあります。
もしEMDRで治療する場合で幼少時の記憶を思い出せない場合は、漂い戻り技法というイメージ法を用いて、幼少時の記憶を探索することもできます。
2-2.認知行動療法・ 暴露療法
認知行動療法では、恐怖を引き起こす事物や状況に対する認知・思考がアンバランスになっていることを恐怖症の要因の基本として捉えます。
そのため、どのようなアンバランスな認知・思考があるのかということを確認することから始めていきます。
確認する過程で、バランスのとれた適切な認知・思考はどのようなものかを話し合いながら、少しずつアンバランスな認知・思考の修正を図っていきます。
認知・思考の修正だけではなく、実際の行動の見直しも行います。
恐怖症が維持される要因の一つに、恐怖の対象を避けてしまうことがあります。
恐怖対象は避けるほど、恐怖感が強くなり、また恐怖対象が広がっていく性質があります。
認知・思考のバランスを取りつつ、恐怖の対象を避けることなくあえて直面しながら恐怖感の低減を図る方法が暴露療法です。
暴露療法では、恐怖感を引き起こす刺激や対象をリストアップし、恐怖感の程度を段階として分けます。
そのリストに基づいて実際の場面に出向いて恐怖感の克服を図る現実暴露法と、イメージで恐怖対象に直面していくイメージ暴露法の二つがあります。
近年では、バーチャルリアリティ(VR)の発展に伴い、VRを用いた暴露法も行われています。
2-3.精神分析・力動的心理療法
精神分析理論では、恐怖症が発生する要因の一つとして、無意識の葛藤や普段は意識されない心の動きが関与していることを想定します。
そこで一つの目標として、無意識の葛藤や意識されない心の動きに気がついていく(洞察を深める)ことを重視します。
洞察を深めることは、症状の改善だけではなく、過去、現在、未来の自分のあり方、自分にできること、できないことなど、自分に対する理解を深めていく効果があります。
ごく簡単な例を挙げると、親に対する恐怖心と愛情が無意識の葛藤として渦巻いている場合、その葛藤が別の対象に反映されるという場合があります。
経験上、例えば、恐怖症について話している時の仕草と親に対する葛藤を話している時の仕草が似ていると二つの話は無関係ではなく、相互に関係し合っていると見立てることもあります。
仕草に限らず話の流れやつながり方などから推測されることもあります。
親への葛藤に気づき症状が落ち着いていくと、今後はどうやって生きていきたいのかというお話に発展していくこともありました。
このように、現在の心の悩みと過去の無意識的な葛藤、未来の自己像がそれぞれ関連し合っていることは珍しくありません。
なお、精神分析・力動的心理療法は、基本的には言葉のやりとりによって進行していきますが、言葉のやりとりだけではなくイメージを介して進行することもあります。
浮かんだイメージについて、イメージされた内容をそのまま捉えるだけではなく、何かのサインとして捉えることが重視されます。
あるいは、イメージをどのように体験したか、本人がどのように解釈したのか、という側面が重視されることもあります。
3.まとめ
恐怖症に関する代表的な理論と心理療法として、3つをご紹介しました。
もちろん、この3つ以外にも様々な理論やそれに基づいた心理療法の方法はたくさんあります。
ですが、どの方法、理論が絶対正しいということはありません。
共通して大切なことは、お話をよくうかがい、状態像、心の準備を把握すること、その上で安全感を確立し、その方に合ったペースで進めていくことです。
最後までお読みいただきありがとうございました。