喪失体験とは大切な誰か、あるいは何かを失ってしまうことであり、場合によってはトラウマとして残ってしまう可能性があります。
喪失体験がトラウマとして残ると、喪失した出来事を受け入れられなかったり、心身が不安定になってしまうことが長期的に続いてしまいます。
より詳しい解説は、喪失体験が心理面に及ぼす影響とトラウマ(前編)、あるいは喪失体験が心理面に及ぼす影響とトラウマ(後編)というページをご覧いただけたら幸いです。
こちらのページでは、喪失体験の中でも死別体験によるトラウマを、心理療法・カウンセリングによって克服された事例について解説します。
1.【事例1】 ~兄の急逝によるトラウマ~
1-1.【お困りごとと経緯】
40代女性主婦の方。
兄が数年前、病気により急死してしまった。
兄のことを今でも思い出しては悲しくなり、自分のせいではないかと考えてしまう。
兄は離婚しており子どももいないため、発見された時は孤独死だった。昔から仲が良くたまに交流していたが、病気であることに気がつけなかった。
当初はひどくショックで混乱していたが、葬儀の手配など多忙で悲しんでいる暇もなかった。
葬儀や四十九日を終える頃には悲しい気持ちはあったが、努めて忘れるようにした。
悲しい気持ちは時間が経てば和らぐかなと思っていたが、ずっと同じところにとどまっている気がする。
また、兄と同じ病名や「孤独死」という言葉を聞いたり、兄と同年代の男性を見るとそんなはずはないのに「兄ではないか」と思って動揺する。
1-2.【心理療法・カウンセリングの経過】
うかがったお話から、お兄さんとの死別体験がトラウマとして残ってしまっていることが考えられました。
そして、トラウマとして残ってしまった要因として、次の3点が推測されました。
(1)お兄さんの他界は突然の出来事であり予測外であったこと、(2)亡くなった後十分に悲しむことができなかったこと、(3)病気であることに気がつけなかったという自責感があること、
の3点です。
喪失体験と心理的な影響についてお伝えし、どのように進めていきたいか話し合ったところ、EMDRによるトラウマケアをご希望されたため、実施することとなりました。
生い立ちの中では、うかがう限りではお兄さんの急死に強く影響していそうなトラウマはないことが確認されたため、お兄さんが急死された出来事についてEMDRを導入しました。
EMDRを進めていくうちに、これまで感じないようにしていた感情に触れるプロセスがあり、次第にお兄さんが亡くなったという出来事がご本人様の中で統合されていきました。
それと同時に自責感情も和らいでいき、改めてご自身が今後も精一杯生きることが大切であることを実感されたため、終了に至りました。
1-3.【感想】
「兄が亡くなった後、忙しくしていたら辛い感情を感じずにいられたので、このまま過ごせば大丈夫と思っていました。
感情に蓋をしていたのだと思います。
悲しみが全くなくなったわけではないですが、兄との思い出は悲しみだけではないことを実感できるようになったら、そっとそばで見守ってくれていると思えるようになりました。
2.【事例2】~友人の自死によるトラウマ~
2-1.【お困りごとと経緯】
20代男性会社員の方。憂うつな気分、意欲の低下が半年以上続いていたため心療内科に受診。服薬により改善しつつあるが、1年前、自死によって突然他界した友人のことが忘れられない。
友人の自死はまさかの出来事だった。悩みを聴いたこともあったが、そこまで悩んでいるとは思わなかった。
しばらくの間はその出来事を受け入れられたかと思っていたが、共通の友人との会話の中でその話題になると、1年も経っているのに泣いてしまう。
「まだ引きずっているのか」、「みんなもう乗り越えたんだから」と言われて、自分でも乗り越えようと思うが、思い出すと涙が止まらない。
2-2.【心理療法・カウンセリングの経過】
主治医の紹介により、心理療法・カウンセリングを実施することとなりました。
お話をお聴きすると、無理に乗り越えようとされている様子がうかがわれました。
そのため、気持ちの強さだけで乗り越えようとするとかえって辛くなってしまうこと、乗り越えられる期間は人それぞれであることをお伝えしました。
その上で、死別体験もトラウマとなりうることを説明し、心理療法・カウンセリングを進めていくこととなりました。
この方の場合、話し合いのカウンセリングから始めていきました。
亡くなった友人への想いについて、共通の友人に話そうとすると、「早く乗り越えて」と言われるため、話せなかった気持ちがあったからです。
お話の中で、「自死を止められなかったことへの罪滅ぼしとして、悲しみを負い続けなければいけないのではないか」、という想いが語られました。
また、生い立ちをうかがうと、幼い頃に母親が時折「もう死にたい」言っていたようでした。
母親は自死には至りませんでしたが、「もしもお母さんが死んだら自分のせいだ」と毎日のように思って過ごしていたようです。
お話をされる中で、次第に「前向きに生きることも罪滅ぼしではないか」という思いに至り、トラウマを克服するための心理療法としてEMDRを希望されました。
EMDRでは、まず幼少期の母親のエピソードから導入しました。
すると、当時抱いていた恐怖感や孤独感が和らいでいきました。
幼少期の母親のエピソードがケアされたことで、友人のエピソードに対しEMDRを実施したところ、友人の自死にまつわる様々な感情が統合されました。
EMDRによって「友人の自死が自分の中でまとまり、友人の分まで生きたいと心から思えるようになった」とのことで終了にいたりました。
2-3.【感想】
「EMDRを受けるまで、すごい迷いました。でも『迷う気持ちを大切に』と言われ、自分のペースでじっくり向き合うことができました。
満を持してEMDRを受けたところ、自分の中で止まっていた何かが動き出したような気がします。」
3.まとめ
二つの事例に共通するのは、様々な感情が行き場を失っていたこと、また、自責の念や罪悪感が生じていたこと、そうした感情を無理に忘れようとされていたことです。
忘れようとしても忘れられない、自分を納得させようとしても納得できないなど、いろいろな思いの中を行ったり来たりして、苦しい気持ちが続いてしまうこともあります。
死別体験によって生まれたトラウマを全て克服しなければいけないわけではありませんが、トラウマケアに臨むことで故人を偲ぶ想いに新たな光が差し込むかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。