喪失体験が心理面に及ぼす影響とトラウマ(前編)

自然な心理的反応とトラウマ 

 トラウマとなりうる出来事の一つに喪失体験があります。喪失体験とは、例えば以下のような体験です。

 ・最愛の人や親しい人、または最愛のペットが突然亡くなってしまう死別体験

 ・亡くなったわけではないものの失恋や仲違いによる離別体験

 ・大切にしていた事物や環境を何らかのきっかけで失う体験

 こうした喪失体験を含め、大切な何かを失ってしまったという出来事は時間の経過とともに自然と受け入れられていくこともあります。

 一方で、喪失体験がトラウマとして残ってしまい、ずっと苦しんでしまうこともあります。

 そこで今回前編と次回後編に分けて、喪失体験とトラウマの関係について解説したいと思います。

 今回前編では、喪失体験による心理的な反応と、喪失体験がトラウマとして残ってしまいやすいケースについて解説します。



目次

1.喪失体験による心理的な反応と回復

2.喪失体験がトラウマとして残ってしまいやすいケース

 2-1.喪失した対象への愛着が強いケース

 2-2.喪失に対して予期できなかったケース

 2-3.喪失した時に周囲のサポートが得にくいケース

 2-4.心の中で他の喪失体験、または他のトラウマと関連付けられたケース

3.まとめ



1.喪失体験による心理的な反応と回復

 喪失体験があると、深い悲しみの他に、後悔や自責の念など様々な感情が生じることがあります。

 心理面だけではなく、場合によっては一時的に身体症状が伴うこともあります。

 心理的な動揺や身体症状が一時的に生じることは悲嘆反応と呼ばれるもので、喪失した事実を受け入れていくにあたって必要かつ自然な反応でもあります。

 悲嘆反応から回復するペースや、新たな一歩を踏み出すまでに辿るプロセスに関しては諸説ありますが、原則として人それぞれです。

 また、喪失した事実を受け入れるまでのプロセスも進んだり戻ったりしながら、時間をかけてゆっくり進むことが多いものです。

2.喪失体験がトラウマとして残ってしまいやすいケース

 上述のように喪失体験による悲嘆反応は時間とともに自然と回復していき、喪失した事実も時間をかけながら受け入れられるようになっていきます。

 一方で喪失体験がトラウマとして残ってしまうことがあります。

 喪失体験がトラウマとして残ってしまい、長期間にわたって悲嘆反応が続いてしまう代表的なケースを以下で解説していきたいと思います。

 

2-1.喪失した対象への愛着が強いケース

 当たり前かもしれませんが、喪失した対象への愛着が強いほど喪失した事実を受け入れがたく、トラウマとして残りやすくなります。

 ただ、愛着がそれほどなければトラウマとして残らないかというと、そうとも言い切れません。

 例えば、「失ってから大切だったことに気がついた」という場合もありますし、気がつかなくても無意識に強い愛着をもっていたということもあります。

2-2.喪失に対して予期できなかったケース

 予期できていても悲嘆反応は起こりえますしトラウマになることもあります。

 ですが、あらかじめ失うことを予期できていた場合、失うまでの期間に多少なりとも心の準備ができることもあります(できない場合ももちろんあります)

 逆に失うことを予期できていない場合、心の準備が全くできないので、突然の喪失という衝撃をまともに受けることになってしまいます。

 そのため、喪失に対して予期できていたかどうかということも回復までのプロセスを推測する上で大切な要因になります。

2-3.喪失した時に周囲のサポートが得にくいケース

 喪失した時に、その出来事について理解してくれる人、回復まで待ってくれる人がいるかどうかということも大切な要因です。

 周囲に理解してくれる人がいなかったり、回復を急かされてしまったりすると、喪失した時に湧いてくる感情を十分体験しにくくなってしまいます。

 上述したように喪失体験があると、悲しみをはじめとしたさまざまな感情が湧きおこってきます。

 喪失した事実を受け入れたり、様々な感情が落ち着いていくまでのペースは諸説ありますが、原則として人それぞれです。

 一つ一つの感情は自然な反応であることから、トラウマとして残りにくくするためには、湧きおこる感情をその人にあったペースで丁寧に向き合っていくことが大切です。

 2-4.心の中で他の喪失体験、または他のトラウマと関連付けられたケース

 例えば、幼少時に大好きだった父母のいずれかと離別せざるを得なかったことによるトラウマと、成人後の失恋によるトラウマが連結してしまう場合です。

 客観的には時期も内容も別々のことのはずの体験が、体験時の似た感情(例えば悲しみ)や思考(例えば大切な人は突然いなくなる)によって、心の中で関連付けられてしまうこともあります。

 関連付けが自覚される場合、例えば「ああ、そういえばあの時もこんな悲しいことがあったな。だからきっと大切に思った人は突然いなくなるんだろうな」という形でつながります。

 逆に自覚されない場合、「あの喪失体験がなぜこんなに尾を引くのかわからない」という形になりやすいです。

 そして、より早期の喪失体験がトラウマとして残っている場合、その後の喪失体験のトラウマがより強められる傾向があります。

 なお、客観的には別々の出来事のはずが、心の中で別のトラウマと関連付けられてしまう現象は喪失体験によるトラウマに限ったことではありません。

 トラウマを体験した時の感情や体の感覚、思い出した時に浮かぶ考えなどによって、本来は別々のはずのことが関連づけられてしまい、悩みが深くなる例は多くあります。

 

 ③まとめ

 大切な何かを失ったとき、その事実を受け入れられなかったり、様々な感情が湧いてきて一時的に不安定になったりすることは自然なことです。

 原則として、時間の経過とともに事実を受け入れ気持ちの面でも安定していくものですが、場合によっては喪失したことがトラウマとして残ってしまうケースもあります。

 トラウマとして残ってしまいやすいケースは、主に四点解説させていただきました。

 (1)喪失した対象への愛着が強いケース、

 (2)喪失に対する予期できないケース、

 (3)喪失した時に周囲のサポートが得にくいケース、

 (4)心の中で他の喪失体験、または他のトラウマと関連付けられたケース、などです。

 こうしたケースによって大切な人や何かを失った時、いくら時間が経っても喪失したことを受け入れられなかったり、悲嘆反応が続いてしまうことがあります。

 次回後編ではトラウマとして残ってしまった場合に起こりうることと、トラウマを克服するために必要なことについて解説させていただきます。



  最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 もしよろしければ、後編もお読みいただけたら幸いです。