深夜、ベッドの中で「なぜか涙が止まらない」と悩んでいるあなたへ。
職場の静まり返ったフロアで、チャットの通知音が鳴るたびに心臓が跳ねる。上司の何気ない溜息に「自分が何か悪いことをしたのではないか」とパニックになり、トイレの個室に逃げ込んで動悸を必死に抑える……。
そんな毎日を送りながら、「自分はなんてダメなんだろう」「もっと強くならなきゃ」と自分を責めていませんか?
最初にお伝えしたいことがあります。
あなたが今感じている苦しさは、決して「心の弱さ」のせいではありません。
その苦しさによって、例えば、涙や動悸が出る反応は、あなたの脳と身体が、過酷な環境を生き延びるために必死に作り上げてきた「生存戦略」の証です。この記事では、あなたの身体で今何が起きているのかを脳科学の視点から紐解き、安心を取り戻すための道筋を一緒に探していきます。
なぜ? 悲しくないのに涙が出る、職場で急に動悸がする「本当の理由」
トイレの個室で止まらない涙。それは「脳の排泄作用」としての流涙
「悲しい出来事があったわけでもないのに、急に涙が溢れてくる」。そのため、トイレの個室にこもって泣き続けてしまう、というような状態に陥ってしまうお話もよくうかがいますが、これは、脳が限界まで溜まったストレスホルモン(コルチゾールなど)を排出しようとする、生理的な防御反応の場合もあります 。
例えるなら、コップの縁まで溜まった水が、一滴の振動で溢れ出してしまうようなもの。あなたはこれまで、自分の感情を後回しにして、誰かのために頑張りすぎてしまったのかもしれません。涙が出るのは、あなたの身体が「もうこれ以上は抱えきれないよ」とサインを出している、健全な反応なのです。
チャットの通知や上司の溜息で心臓が跳ねる「生存本能」
職場で動悸が出てしまうという方の多くは、特定の音や沈黙に対して過剰に反応してしまう傾向があります。
例えば、Webデザイナーとして働く32歳のAさん(仮名)の場合、チャットの通知音や周囲の沈黙が、脳内で「命の危険」として処理されていました。
【事例:Aさんの場合(架空の事例となります)】
Aさんは、感情の起伏が激しい母親のもと、「家の空気が悪いのは自分のせいだ」と感じながら育ちました。大人になった今、職場の静寂が、幼少期の「嵐の前の静けさ」とリンクしてしまいます。誰かが椅子を引く音や、小さな溜息。それらが彼女の脳内では、かつての母親の拒絶やヒステリーを予感させる「捕食者の足音」として変換され、身体が即座に戦闘モード(動悸や冷や汗)に入ってしまうのです。
あなたの脳はいわば未だ「戦場」にいる状態:神経系が引き起こすサバイバル反応
現在のあなたの脳内では今、3つの主要なパーツが「かつての戦場」のルールのまま作動しています。
1. 扁桃体:感度が上がりすぎた「壊れた火災報知器」
脳の奥にある「扁桃体」は、危険を察知する火災報知器のような役割です。しかし、トラウマを抱えていると、この報知器の感度が「最高レベル」に達しやすくなる、またはその最高レベルに固定されています。
PCのウイルス対策ソフトが暴走して、安全なファイルまでウイルス扱いして削除しようとしている状態、と言えば分かりやすいでしょうか。あなたの人格というより、脳内のセキュリティ設定が昔の高いままの状態になってしまっているのです。
2. 海馬:タイムスタンプを失い、バラバラになった「記憶の断片」
通常、過去の出来事は「海馬」という場所で整理され、「20年前の思い出」として棚にしまわれます。しかし、強すぎるストレス下ではこの整理機能がダウンします。
その結果、過去の恐怖が「日付」を失い、デスクトップに散乱した「拡張子不明のファイル」のようになってしまいます。誰かの不機嫌な顔を見た瞬間、その古いファイルが「今、目の前で起きていること」として強制再生されてしまうのです。
3. 凍りつき(フリーズ):システムを守るための「強制シャットダウン」
仕事中、頭が真っ白になって指が動かなくなったり、帰宅後に泥のように動けなくなったりすることはありませんか?
これはポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)で説明される「不動化(凍りつき)」という反応の場合も考えられます。脳が「これ以上負荷がかかると心が壊れる!」と判断し、安全のためにシステムを強制シャットダウン(ブルースクリーン)させているのです。
「理由がない」のではなく「身体が覚えている」:感情的フラッシュバック
一般的なPTSDは「映像」が蘇蘇ることが多いですが、親子関係などの長期的な傷つき(複雑性PTSD)では、映像を伴わない「感情」だけが蘇ることがあります。これを「感情的フラッシュバック」と呼びます。
- 突然、理由もなく「消えてしまいたい」と思う
- 自分が世界で一番価値のない人間に思える
- 強烈な孤独感や恥の感覚に襲われる
これらは今のあなたの感情ではなく、「かつて子供時代に感じていた絶望感」を再度感じてしまっている状態です。
子供として心理的に安心を感じない家庭で育った人にとって、他人の顔色は生存に直結する死活問題でした。だからこそ、大人になっても「他人の境界線」を過敏に察知し、自分を削ってでも相手を満足させようとする「アダルトチルドレン(AC)」特有の生存戦略が抜けなくなっているのです。
根性や努力では解決できない。今、あなたに必要な「正しいケア」
「言葉」が届かないときは「身体」からアプローチする
フラッシュバックが起きている最中に「前向きに考えよう」と自分に言い聞かせても、あまり効果はありません。なぜなら、理性を司る脳(前頭前野)がシャットダウンしているからです。
まずは、深呼吸や温かい飲み物を飲むなど、「身体の感覚」を通して自律神経を鎮めるボトムアップ・ケアを優先した方が良い場合も多くあります。
EMDR:脳の配線を整理し、過去を過去にする心理療法
当オフィスでは、脳の自然治癒力を引き出すEMDR(眼球運動による脱感作と再処理)というアプローチを取り入れています。
眼球運動によって、デスクトップに散乱した「過去の記憶ファイル」を適切なフォルダへと整理していきます。辛い過去を事細かに話す必要がないため、言葉にするのが辛い方にとっても負担の少ない心理療法です。
「パンドラの箱」は無理に開けない。まずは「安全の土台」作りから
「トラウマに向き合うと、余計におかしくなってしまうのでは?」という不安があるかもしれません。カウンセリングは無理やり過去を暴く場所ではありません。
当オフィスは決して無理強いすることはありません。あなたが「苦しい」と感じたら、いつでもブレーキを踏める安心感の中で、少しずつ「安全な今」を取り戻すプロセスを進めていきます。
根本解決のために:あなたの「生きづらさ」の源流を紐解く
今感じている身体の不調は、「アダルトチルドレン」や「複雑性PTSD」というテーマと繋がっている可能性があります。
「なぜ自分ばかりこんなに辛いのか」その源流にある愛着の傷つきや成育歴の影響を知ることは、自分を責める日々から卒業するための大切な第一歩です。
あわせて読みたい:「なぜかずっと苦しい」のは過去の傷つきのせい?トラウマ・複雑性PTSDの原因から克服まで専門家が解説
まとめ:あなたのせいじゃない。身体はただ、あなたを守りたかった
涙が出るのも、動悸がするのも、あなたがこれまで過酷な環境を生き延びてきた「一つの証」です。あなたの身体は壊れているのではなく、あなたを守るために「過剰に頑張ってくれている」だけなのです。
今は、自分を責めるのを少しだけ休んで、「冷却期間」を自分に許してあげませんか?
秋葉原心理オフィスMAYでは、あなたのペースを何よりも尊重し、心身にに刻まれた記憶を一緒に紐解いていきます。これまで、一人で耐え続け、またはもがき続けて何とかしようとされてきたかもしれませんが、お悩みと少しでも距離をとることで、これまでとは別の工夫も見い出せる可能性がありますので、それを心の片隅にお持ちいただけましたら幸いです。
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(オフィス:秋葉原心理オフィスMAY 〒101-0025 東京都千代田区神田佐久間町)
監修者紹介
猪野 哲(いの さとし) 臨床心理士・公認心理師 / 秋葉原心理オフィスMAY 代表 (プロフィールはこちら:https://kokoronocure.com/profile/
参考文献
- スティーブン・W・ポージェス『ポリヴェーガル理論への誘い:対人再結合の神経科学』
- ベッセル・ヴァン・デア・コーク『身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法』(紀伊國屋書店、柴田裕之訳、2016年)
- ピート・ウォーカー『複雑性PTSD 生き残ることから生き抜くことへ』(星和書店、牧野有可里・池島良子訳、2023年)
- 日本EMDR学会 公式資料
- Understanding the Freeze Trauma Response - Reclaim Therapy