トラウマ反応の克服に向けて
前回前編では、喪失体験とは何か、喪失体験に伴う自然な心理的反応、および喪失体験がトラウマとして残ってしまいやすいケースについて解説させていただきました。
今回後編では、喪失体験がトラウマとして残ってしまった場合に起こりうること、そして、喪失体験によるトラウマを克服するために必要なことや考え方を解説したいと思います。
1.喪失体験がトラウマとして残った場合起こりうること
喪失体験がトラウマとして残ると、何年にもわたって悲嘆反応がおさまらないため、新たな一歩を踏み出しにくくなってしまうこともあります。
無理に一歩を踏み出そうとしても、喪失体験によるネガティブな考え方や感情が湧いてくることもあります。
喪失体験がトラウマとして残った場合に起こりうる一例として、以下のようなことがあります。
①いつまでも忘れられず、後悔してしまうこと(引きずってしまうこと)
②怒りや自己否定感、自責感、または無力感の間で堂々巡りになること
③答の出ない原因をずっと探してしまうこと(あるいは原因はわかっているはずなのに、別の原因を探し続けてしまうこと)
④失った時期がまるで昨日のように感じること
⑤頭では喪失したと思っても、受け入れきれないこと。例えば、死別体験の場合、他界した人と似たような人を見ると、一瞬「あの人ではないか」と思ってしまう。
⑥自分の感情の動きに対して鈍くなる、あるいは過敏になること
⑦夢に出てくること(実は失っていなかったという形や、失った時の再現という形が比較的多い)
⑧抑うつや不安障害などの精神疾患、または医学的には異常がないはずの身体症状がいつまでも続くこと
以上はあくまで一例です。
全て当てはまることもあれば、当てはまらない項目もあるかもしれません。
また、こちらにはない反応を体験されている方もいらっしゃるかもしれません。
こうした反応は悲嘆反応の一部でもあるため、一時的に起こることは自然な反応です。
ですが、長い期間にわたって周期的に繰り返している場合、喪失体験がトラウマとして消化されずに残っている可能性があります。
2.克服に向けて必要なことや考え方
喪失体験によるトラウマを克服することは、喪失した出来事や悲しみを記憶から消すということではありません。
克服とは、悲しみがあっても悲しみを見守ることができ、悲しみ以外のさまざまな想いがまとまり、未来に向けて前向きに生きていくことができるようになるというイメージです。
克服に向けて何が必要か、どのような考え方をもつと良いのかについて解説します。
2-1.心のメカニズムとして考えてみる
喪失体験をいつまでも忘れらずにいると、場合によっては「性格が弱い」、「未練がましい」と考えてしまうことがあります。
その方向で考えてしまうと、「強くならなきゃ」、「未練を断つにはどうしたら良いのか」という方向に至り、堂々巡りになってしまうことがあります。
「強くなろう」と考えて気持ちを無理に抑えて一時的に気持ちを持ち直すこともできますが、限界があります。
場合によっては気持ちを無理に抑えることで、体の方に症状が出てしまうこともあります。
そのため、性格の問題ではなく、喪失体験はトラウマとして残ることがあり、心のメカニズムとして消化不良が起きてしまっていると考えてみることが大切です。
2-2.自分のペースで安全に感情と向き合う
喪失体験がトラウマとして残ると無理に気持ちの整理を図ろうとして、湧きおこってくる感情に蓋をしてしまうことがあります。
湧きおこる気持ちに蓋をして無理に抑えようとすると、悩みがこじれてしまったり、体の方に症状が出てしまうことがあります。
そのため、まずは湧きおこってくる感情に蓋をせず向き合うことが大切になります。
ですが、やみくもに無理して向き合えば良いというわけではありません。
また、向き合おうと思っても、いきなり全ての感情と向き合えるわけでもありません。
湧きおこる気持ちと向き合うためには、その時々のタイミングが大切ですし、自分のペースで安全に向き合える環境が必要です。
例えば信頼できる人との関係の中で、焦らず自分のペースでじっくりと話を聴いてもらうことが喪失体験によるトラウマを乗り越えるための土台になります。
もしもじっくり話を聴いてもらえそうな人がいない場合、自分の心に湧いてくることを一つ一つ否定せず見守るようにできると良いのですが、自分一人では難しいことの方が多いです。
その場合は、できれば心理療法・カウンセリングをお受けいただくこともご検討いただけたらと思います。
2-3.心理療法によるトラウマケア
喪失体験によるトラウマの影響が長引いている場合、心理療法も一つの方法です。
喪失体験がトラウマとして残り、心の中で消化不良を起こしている場合、いくら信頼できる人に話を聴いてもらっても消化が進まないこともあります。
その場合、心理療法はトラウマの消化を促進するための一つの方法として有効です。
トラウマケアを図る方法は数多くありますが、共通して大切なことは心の準備と安全性を十分に確立してから取り組むことです。
また、心理療法は喪失体験に対する悲しみを全てなくすものではありません。
ふと思い出せば悲しい気持ちになることもありますが、悲しみが湧いても、悲しみを見守ることができるようになることが一つの目標です。
そして、悲しい気持ちになったとしても引きずられず、今自分にできることに目を向けられるようになることです。
喪失体験の中でも死別体験がトラウマになっている方のお話をうかがうと、時々「心理療法でトラウマが消化されたら故人を偲ぶ気持ちがなくなってしまいませんか」と聞かれることがあります。
心理療法は悲しみを全て消すものではありませんので、故人を偲ぶ気持ちは残ります。
故人を偲ぶ気持ちとともに、故人へのさまざまな想いがまとまり、新たに自分の生き方を見つけられる方は多くいらっしゃいました。
3.まとめ
今回後編では、喪失体験によるトラウマの影響と、トラウマの克服に必要なこと、または考え方について解説させていただきました。
喪失体験がトラウマとして残っている場合悲嘆反応が長期にわたるため、新たな一歩が踏み出しにくくなってしまいます。
トラウマの消化を図るためには、こうした悩みは心のメカニズムとして起こりうることであり、自分のペースで安全に感情と向き合うことが大切です。
できれば、心理療法を受けていただくとトラウマを消化していきやすいですが、心の準備や安全性の確立が大切になります。
前編と後編にわたり、喪失体験によるトラウマと克服に必要なことを解説させていただきました。
こちらまでお目通しいただき、ありがとうございました。
今後も、心理学的な観点から心の悩みについて解説させていただければと思います。
よろしくお願いいたします。