【相談事例】子どもの頃の親子関係におけるトラウマ

 思い出したくないのに昔のことを思い出して辛くなってしまう、過去の出来事によって自分に対して否定的な考え方をしてしまう、というお話をよくうかがいます。

 そうしたお困りごとの多くは、過去の嫌な出来事の記憶が未消化なまま残っていること、つまりトラウマとして残っていることが要因の一つとして考えられます。

 特に子どもの頃の親子関係におけるトラウマは、場合によってはどれだけ時間が経っても忘れられず、現在の自分に対する考え方にも影響することがあります。

 こうしたお悩みは年齢、性別を問わず比較的多くうかがいます。

 今回は、子どもの頃の親子関係におけるトラウマによって生じていたお困りごとについて、代表的な事例を挙げながら解説したいと思います。

 なお、以下の事例はいくつかの実例を組み合わせた架空のものです。

目次

【事例1】~子どもの頃に母から求められた完璧主義~

(1)【お困りごとと経緯】

(2)【心理療法・カウンセリングの経過】

【事例2】~お下がりに対する悲しみ~

(1)【お困りごとと経緯】

(2)【心理療法・カウンセリングの経過】

悩みが改善する過程で共通する感想

まとめ

 

【事例1】~子どもの頃に母から求められた完璧主義~

(1)【お困りごとと経緯】

 30代の女性の方。ちょっとした失敗で上司に注意されると、母に叱責されたことを思い出して「自分には価値がない」と思ってしまう。

 大きな失敗はほとんどないし、上司の注意もパワハラではなく適切な範囲だが、自分の中で子どもの頃に母から叱責されたことを思い出して辛くなる。

 特に母から「完璧でないと価値がない」と言われ続けたことが心に残っており、「完璧にしなければ」と考えて疲れてしまう。

 虐待というほどのことはなかったし、もうだいぶ昔のこととも思っている。

 今も親子関係が悪いわけではないのに、小さな失敗をしただけで当時のことを思い出して辛くなる。

 

(2)【心理療法・カウンセリングの経過】

 親子関係のお話をもう少し詳しくうかがうと、両親に悪気があったわけではないものの、要求水準が高く、厳格な教育を受けてこられたようでした。

 ご本人様としては親のせいにはしたくないし、愛情も感じられたとお話されていました。

 とはいえ、子どもの頃完璧を求められた記憶をはじめ厳しく言われたことが残っており、ことあるごとに思い出してしまうようでした。

 また、心のどこかに完璧にしないと親から失望されそうという不安もあったようです。

 当時の親子関係の記憶によって、完璧にできないと自分には価値がないという考え方が強くなっていることが考えられました。

 そのため、当時の親子関係の記憶の影響を緩和することを一つの目標として共有しました。

 当初は対話によるカウンセリングをご希望されたため、それを中心に進めつつ時機をみてEMDRを導入することとなりました。

 徐々に当時親に伝えられなかった思いに蓋をしていたこと、また、現在の上司と親が重なってしまうことなどに少しずつ気がついていく過程がありました。

 そして、自分に対して完璧を求めることが和らぎ、今自分にできることを中心に考えられるようになりました。

 

②【事例2】~お下がりに対する哀しみ~

(1)【お困りごとと経緯】

 20代の主婦の方。二人の子どもを子育てをしている中で、ふと幼い頃の親子関係のことを思い出しては悲しくなるようになった。

 寝つきも悪くなったため育児ストレスと思って、メンタルクリニックに受診。

 服薬により睡眠の質は改善したが、昔のことを思い出して悲しくなることは変わらない。

 子育てや家事をはじめ日常で大きな支障はないが、忘れていたことを鮮やかに思い出していると悲しくなるし、この先も子育てがちゃんとできるのか不安になる。

 子育て相談にいって色々な人に話を聴いてもらったが、子育てについてのアドバイスはしてもらえたものの、悲しくなることについては励まされるだけだった。

 

(2)【心理療法・カウンセリングの経過】

 悲しくなることについて真剣に向き合いたいと思い、心理療法・カウンセリングを希望されました。

 初期の段階で生い立ちや幼少期の家族についてうかがうと、否定的なことばかりを言われたわけではないし、ましてや暴力を受けたこともないとのことでした。

 親は愛情をかけてくれていたと思うし、自分が親になってから親の苦労がわかるようになったのに、なぜ幼い頃のことを思い出しては悲しくなるのかがわからないとお話されていました。

 ご本人様のお話を聴くと、理性や理屈で原因を一生懸命探っている雰囲気が感じられました。

 いろいろな思いはあるものの、蓋をしてしまっている気持ちがあることも推測されたため、感性に働きかける催眠イメージ療法を提案したところ、ご希望されたため実施することとなりました。

 普段ご自分では触れたことがない身体感覚やイメージに思いを馳せていただくと、徐々に我慢していた気持ちがあったことに気がつくようになりました。

 そして、何に我慢していたのかを思い出されるようになりました。

 その方にはお姉さんがいたそうですが、その方が我慢されていたのは、いつもお姉さんのお下がりだったことなど、親がお姉さんの方を優先しているように感じられていることでした。

 親やお姉さんを責めたくない、仕方がないと思う気持ちが強くあったため、自分の不満に目を向けてはいけないという思いがあったようでした。

 じっくり進めたため約1年を要しましたが、自分の子どもを見て悲しくなるということがなくなり、将来への不安も緩和されていきました。

 

 悩みが改善する過程で共通する感想

 子どもの頃の親子関係をテーマとして心理療法・カウンセリングを進めていくと、共通してうかがう感想、または気づきがあります。

 例えば、

・「親を責めたくないから、自分の気持ちに蓋をしてきた」

・「自分の気持ちに気がつくと親を責めることになりそうだと思ったが、自分の気持ちに気がつくことは親を責めることにはならない」

・「親を責めたい気持ちがあっても、心の中にあるだけなら悪いことではない」

などです。

 この他にも様々な思いが交錯していることもありますが、蓋をしてきた気持ちにゆっくりと触れながら、悩みが改善していくプロセスが共通しています。

 

まとめ

 今回の例に限らず「親から高いハードルを求められて否定された」、「兄弟姉妹で扱いが違ったことが今でも忘れられず悲しくなる」、というお話は非常によく聴きます。

 そうした方のお話をうかがうと、「もう昔のことだから」とか、「親も大変だった」と無理に言い聞かせて、ご自身の気持ちに蓋をされることが多く見受けられます。

 そして蓋をされた記憶は、未消化なまま残り現在の悩みにつながっていくことも多いです。

 過去の親子関係の出来事を気にしていることを良くないことと思い、気にする自分に対して否定的に考えてしまう方も多くいらっしゃいます。

 忘れられないことやずっと気になってしまうことは、性格や考え方に問題があるということではありません。

 忘れようと思っても思い出してしまう記憶に悩まされている場合、蓋をしている気持ちがあるかもしれない、と考えてみるだけでも一つの糸口になりえます。

 以上、子どもの頃の親子関係とトラウマについて二つの例を挙げて解説させていただきました。

 最後までお読みいただきありがとうございました。