トラウマについてもう少し詳しく

~トラウマに関する基礎的なこと~

 今回は、トラウマとは何を指すのか、トラウマになりうる出来事の例についてお話できればと思います。

 

 明確にトラウマがあると自覚されている場合もあれば、「自分の今の悩みはトラウマの影響なのかな」と思われる場合もあるでしょう。

 「トラウマというと大げさな気がする」、「そもそもトラウマってどこまでを言うの?」と疑問に思われる方もいらっしゃるかと思われます。

 トラウマと呼ぶかどうかは別として、なかなか忘れられなかったり、時々思い出したりしてネガティブな気持ちになる思い出(記憶)は多かれ少なかれ誰しもあるはずです。

 辛かった出来事について、忘れようとしたり、前向きになるよう自分に言い聞かせたり、論理的に考えて気持ちを静めようとしたり、思い出したら違うことをしてみたりして、そうしたことがうまくいくこともあります。

 一方で何をしても収まらない、それどころかかえって苦しくなる、別の悩みが出てきて収拾がつかなくなる、というお声もよくうかがいます。

 そこで今回は、トラウマとは何を指すのか、トラウマとなりうる出来事の例についてお伝えできればと思います。

 すぐにどうにかしたいと思われるかもしれませんが、まずはトラウマに関する基礎的な理解を深めていただけると、ご自分なりのヒントを見出しやすくなる可能性が高まるかと思われます。

 なお、トラウマに関する簡単な説明はホームページのこんな方にというページにも掲載しておりますので、ご覧いただけたら幸いです。

 ~目次~

トラウマとは何か?

トラウマとなりやすい、あるいはトラウマとなりうる出来事の例

まとめ

トラウマとは何か?

 当オフィスでは、思い出すとネガティブな気持ちになる、または意識的に思い出されずとも現在の自分のあり方や心身の症状、悩みなどに影響を与えていると考えられる記憶や思い出、として捉えています。

 あくまでその方にとってどのように体験されているか、どのように捉えているかということを重視しておりますので、一般論などで比較してその程度の大小、重さを考えることはしません。

 言い換えれば、非日常的な出来事によって受けたショックや衝撃などに対してはもちろんのこと、そうではなくありふれた日常の中で生じやすい出来事によって受けたショックや衝撃もトラウマとなりえます。

 普段の生活ではどうしても、自分や他の人に起こった出来事について、自分の体験や他の人の出来事と比べて考えることはあるでしょう。

 その方向で考えて、「自分の悩みが小さく思えた」、「自分だけではないから安心した」と考えられることになることもありますが、本来は起こった出来事を比べて「軽い」とか「重い」「小さい」とか「大きい」を測れるものではありません。

 また、同じ体験をしたから皆が同じ受け止め方をしているわけでもないでしょう。

 普段の生活でネガティブなことが起こると、「~でないだけマシ」とか、「~に対していつまでも引きずっているのは変」というやや否定的、批判的な結論に至り、悩みがかえって深まってしまうということもよくうかがいます。

 確かに精神医学による学術的な定義では、トラウマと関連の深いPTSD(心的外傷後ストレス性障害)という精神疾患の診断基準に基づいてい説明されています。

 そのため、トラウマとは実際に命が脅かされるような出来事や、深刻なケガを負うこと、著しい暴力を受けることを体験をする、または目撃することとされています。

 この説明だと、悩みの内容によっては「自分にはトラウマがない」、「そこまでではない」、「自分の心の苦しみはトラウマとは関係がない」と思われるかもしれません。

 ですがそのように考えてしまうと、極端に言えば「気持ちの問題だから自分でどうにかしなければ」、あるいは「どうにかできるはず」という結論に至ってしまいやすく、より苦しくなってしまう場合もあります。

 気持ちの持ち方や、意図的な努力(自分に言い聞かせて忘れようとするなど)で一時的に楽になることもあるので、「気持ちの持ちよう」と考えることが絶対にいけないわけではありません。

 ただ繰り返しになりますが、「気持ちのもちよう」と考えたたり、他の人のトラウマに関わる体験談と比べたりすることは、必ずしもうまくいかないことも多くあります。

 そのため、トラウマに対して、例えば考え方を変えようとして辛い気持ちがなくならない場合、トラウマは考え方や気持ちの持ち方を変えようするだけでは必ずしもどうにかできるものではない、ということをご理解していただければと思います。

 

トラウマとなりやすい、あるいはトラウマとなりうる出来事の例

 では、トラウマとなりうる、あるいはなりやすい出来事とはどのようなことでしょうか。

 例えば、以下のような出来事がトラウマとなって、心にずっと残ってしまうことがあります。

(1)虐待やいじめ、パワハラなど、理不尽なことを受けた記憶がある。

(2)虐待とまではいかなくても、親子関係の中で厳しいしつけや体罰を受けたり、いつも怒られたり、否定されたりしていた。

(3)親から愛情を受けられていたと思うものの、自分の求めるものではなく、満たされない気持ちでいたことが多かった。

(4)自分は被害を受けなかったものの、両親同士で暴力があった。暴力はないものの不仲でののしりあう姿をよく目にした。あるいは突然離婚、別居を余儀なくされた。

(5)いじめほどではないものの、笑われたり、馬鹿にされたり、悪口を言われたりした。あるいは人に裏切られた、だまされた。

(6)自然災害の被害にあった。

(7)信頼する人や大好きな人と突然の別れを余儀なくされた(死別を含む)

(8)大切な物を失った。

(9)何らかの事件や事故の被害にあった。被害ではなくとも巻き込まれた。

(10)大きな失敗をした。

(11)予想外の病気に罹患した。

 

 この中で日常で体験されやすいものもあれば、そうでないものもあるかと思われます。

 特に(6)(9)はなかなか体験するものではないかと思います(精神医学的には(6)(9)がトラウマとして捉えられます)

 また、上記は一例ですので、全く同じとはいえずとも近い体験もあるでしょう。

 そのため上記の例に該当するかどうかだけでトラウマになるのかどうかということではありません。

 トラウマとなりやすい場合の特徴の一つとして、その出来事が予測可能だったかどうか、また、その事態に対して自分の力を精一杯出せたか、あるいは出せそうだったかどうかということがあります。

 上記(7)の例をもとにお伝えしたいと思います。

 例えば、いつ亡くなっても不思議ではない方がいたとして、その方の闘病生活に関して自分なりに精一杯できることをしたものの、やむなく他界に至ったということであれば、悲しみはしばらく続きますが徐々に受け入れるようになることが多いです。

 どのような死別であっても突然の別れであるように感じることもありますし、悲しさや寂しさもあります。

 ですが、ある程度の予測、または覚悟ができており、自分なりに精一杯のことができたと思えると、ゆっくり時間をかけながら自分の心の中で消化されていきます。

 逆に、例えば縁起でもないですが、元気だった人が思わぬ事故で他界してしまった、という場合は予測できるものではないので、残された方にとってトラウマとなりうることが多いです。

 そして、時間が経過してもなかなかその出来事を受け入れられなくなることも起こりえます。

 いずれにせよ、辛かった体験が消化されて過去のものになっていないと、辛い気持ちが続いてしまいます。

 そして、自分や人に対する見方も変わる場合があります。そのため、その後の生活で悩みが生じるとうまく対応できる自信を持てないということも起こりえます。

 逆に過去のものとして消化されていくと、気持ちが安定し、その後の生活で悩みが生じたときも、自分なりにどうにかしていけそうだという自信につながるやすくなります。

 

まとめ

 以上、今回はトラウマとは何か、トラウマとなりやすい例、トラウマが心の中で消化されていない場合、心の中で消化されている場合について、簡単に説明させていただきました。

 今回は一例として、死別による突然の別れがトラウマになりうる例をお伝えしましたが、今後もトラウマに関することをテーマごとにまとめながらお伝えしていきたいと思います。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。