トラウマについて自分と他の人を比べてしまう心理

 トラウマや心の悩みが生まれたとき、意識的、無意識的に他の人の体験談や一般的な考え方と比べて考えてしまうことがあります。

 例えば、「あの人が経験したことに比べれば自分の体験はまだマシなはず」、「あの人は自分よりもっと辛い思いをしたのに頑張っている。」、「もっと大変な人生を送っている人がいるから、こんなことでずっと悩んでいるなんて良くない。」、と考えてしまうことはないでしょうか。

 そのように考えてしまったとき、「あの人は自分よりも大変なことを体験しても泣いていないから強い」、「こんなことで涙を流している自分はだめだ」、「自分も早く立ち直らなきゃ」、と自分に言い聞かせてしまうこともあるかもしれません。

トラウマは比べられない

 

 トラウマの特徴と影響その①~仕組みについて~でもお伝えしたとおり、原則としてトラウマや心の悩みについて一般論や自分以外の誰かの体験、また置かれた状況を比較して大小を考えることはできません。

 また、同じような体験であってもトラウマとなるかどうか、その後のトラウマの影響の大小が決まるのかというと、それも一概に言えるものでもありません。

 ある出来事がトラウマとなりうるのか、なったとしてその影響がどのような形で現れるのかということは、その人がこれまで経験してきたこと、生い立ち、置かれた環境、など様々な要因によって変わります。

 言われてみれば確かにその通りと思えるものの、ふと比較して考えてしまうこともあります。

 今回は、そもそも物事を比較するとはどのようなことかということをお伝えしつつ、トラウマや心の悩みを比較するとどうなるのかということを掘り下げてお伝えしていきたいと思います。

 

目次

(1)認識としての比較

(2)心のあり方や感じ方を比較すること

(3)心理検査を用いた心のあり方、感じ方の把握

(4)トラウマや心の悩みを比較してしまうと…

(5)まとめ

 

 (1)認識としての比較

 そもそも人はある物事を見聞きした際、殆どの場合、別の物事と比較しながらその物事の性質を認識しています。

 逆に比較してみないと、物事を認識した後にどのように行動すべきか、判断すべきかということがわからないこともあります。

 例えば、物の大小、軽重、距離、寒暖差、時間の長短、速度など、比べた上でその後の行動を判断しながら生活しています。

 そして、「軽い物から先に運ぼう」とか、「電車よりもバスの方が速く到着できる」ということは、比べたことで判断できることです。

 比較する対象は、ある物事と別の物事の場合もあれば、それまでの自分の経験、あるいは他の人の体験ということもあります。

 例えば、自分の部屋の掃除を1時間前後で大まかにできていたとしたら、自分の部屋とは違う部屋であっても、似たような広さ、状態の部屋であれば「大体1時間くらいでここまではできるかな」という目測を立てられることもあるでしょう。

 したがって、物事を比較することは対象を認識し次の行動を判断するための基本的な心の機能と言えます。

 

(2)心のあり方や感じ方を比較すること

 私たちは、数値にできること、あるいは重さなど体感して認識できる対象を比較しながら生活していますが、心のあり方や感じ方など主観的な物事も比較できるものと考えてしまうことがあります。

 単純な例で言えば、「Aさんは自分より勇気がある(ない)」、「自分はAさんと比べて心が弱い(強い)」などです。

 心のあり方も、あたかも行動や態度として現れているように見えます。

 そのため、客観的な物事として認識し比較できるものと錯覚してしまうことがあります。

 ですが、あくまで心のあり方や感じ方は、物の大きさや重さのように目に見えたり、触れたりして捉えることができるものではありません。

 行動や態度は確かに目に見えます。ですが、本来はそれだけで心のあり方を捉えられるものでもありません。

 そのため、原則として心のあり方や感じ方を比較することはできないものです。

 心のあり方や感じ方を比較してしまうと、トラウマや心の悩みを克服するために何が必要なのか、など改善のために考えるべき本質から遠ざかってしまう可能性もあります。

 

 (3)心理検査を用いた心のあり方、感じ方の把握

 「心理検査なら客観的に数値化されるから比較できるのでは?」と思われるかもしれません。

 確かに、心理検査など心のあり方や感じ方を客観的に数値として表そうとするツールは多々開発されています。

 ですが、どんなに研究が進んでも、数値として表された心のあり方は、身長や体重のように直接見たり触れたりして確認することはできません。

 そうした意味でも、心理検査などで示された数値は仮説的なものです。目安にはなっても、絶対的な基準にはなりえないものです。

 したがって、心理検査の結果だけを見て比較して考えてしまうと本質的な理解から遠ざかってしまいます。

 例えば、トラウマの影響を確かめるための心理検査の一つに、IESR(改定出来事インパクト尺度)というものがあります。

 こちらを実施すると、ある出来事を体験した方にとってのトラウマの影響を大まかに捉えられます。

 ですが、あくまで大まかなものです。結果について一般的な平均や他の人の結果と比べてトラウマの大小を比較して改善方法がわかるものではありません。

 

 (4)トラウマや心の悩みを比較してしまうと…

 以上のお話を踏まえると、トラウマや心の悩みも他の人の体験談や自分のそれまでの体験と比べて大小、軽重を比較することはできそうでできないものです。

 ですが、物事を比較することは基本的な心の機能でもあるため、比較できないとは思っていても思わず比較してしまうこともあります。

 そして、本来比較できないものを比較しようとしてしまうと、本質的な理解から遠ざかってしまうばかりか、場合によっては悩みが増えたり、余計に苦しくなったりしてしまう可能性があります。

 例えば、「あの人は自分よりも苦しい思いをしたのに平静を保っている。立ち直らないといけないと思っているのに立ち直れなくて苦しい。自分は弱いからいつまでもあの人のように立ち直れないんだ」というものです。

 自分では比較するつもりはなくても、他の人から言われて同じように悩みが増えてしまわれる方もいらっしゃいます。

 「もっと辛い思いをしている人もいるんだよ」とか、「みんな泣きたいのを我慢しているんだよ」なども、トラウマや心の悩みを比較した上での言葉です。

 落ち込んでいる人を励ましたり、悩みを軽くしようとしてそのように言っているのかもしれませんが、言われた人にとっては逆に苦しくなってしまうことも多くあります。

 そうした励ましのようで励ましにならない言葉を耳にすると、「一体どれくらい辛い体験であれば、涙を流して良いのか?」、「究極的には世界でただ一人、一番不幸にならないと感情を出してはいけないのだろうか?」と思えてしまいます。

 辛い体験や不幸に順位はないですし、涙を流しても良いかどうかという絶対的な基準があるわけでもないはずです。

 (5)まとめ

 私たちは様々な物事を比較して認識しその後の行動を判断していますが、トラウマや心の悩みは単純に比べられるものではありません。

 もし比べてしまうと、本質的な理解が難しくなるばかりか、余計苦しくなったり新たな悩みが生まれてしまうことがあります。

 もし、トラウマなど心の悩みで辛い気持ちになられていたら、他の人の悩みと比べられるものではないことを思い出していただけると、きっと本質的な改善を目指すための足掛かりになるはずです。

 トラウマに悩まれている方にとって、ささやかながら改善のためのヒントの一つになれれば幸いです。

 最後までお読みいただいてありがとうございました。